【すずゆうチャンネル】コロンブス…英雄の正体は大量殺人鬼(1492年)

1492年、クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸を「発見」した。
学校の授業や、子供向けの伝記で、彼をどんな人物だと教わりましたか?

「当時の人々は地球が平らで、海の果ては滝になっていると信じていた。
しかしコロンブスだけは『地球は丸い』と信じ、周囲の嘲笑を押し切って、道の海へ漕ぎだした、勇気ある天才的な冒険家」
「野蛮な新大陸に、ヨーロッパの文明とキリスト教の光をもたらした、偉大なる開拓者」

…もしあなたが、そんな絵本のような「キラキラした英雄伝説」を信じているなら、今日でその美しいファンタジーは終わりにしましょう。

ハッキリ言います。
コロンブスは、純粋な好奇心を持った偉大な冒険家などではありません。
彼は、「黄金」という欲望に取り憑かれた狂信的な亡者であり、数百万人の先住民を地獄に追いやった「人類史上最悪レベルの大量殺人鬼(ジェノサイダー)」であり、10歳の少女を性奴隷として売り飛ばした「悪魔の児童人身売買ブローカー」です。

そもそも、彼を英雄に仕立て上げる最大の根拠である、「地球が丸いことを証明した」というのは、19世紀のアメリカの小説家がでっち上げた、完全な創作です。
15世紀のヨーロッパにおいて、教養のある人間や学者、船乗りたちは、地球が丸いことなんて古代ギリシアの時代から常識として知っていました。

コロンブスが誰にも信じてもらえなかったのは、「地球が丸いから」ではありません。
彼の計算が、致命的に間違っていた(地球のサイズを異常に小さく見積もっていた)から」です。
彼はただの計算ができない、都合のいい楽観主義者であり、たまたま海の上で餓死する直前にアメリカ大陸という「障害物」にぶつかっただけの、とんでもなく運のいい男に過ぎません。

今日のテーマは、アメリカ大陸「発見」という美しい言葉で完全に覆い隠されてきた、コロンブスの底なしの闇です。

黄金のノルマを達成できなかった先住民の「両手をナタで切り落とす」という、残虐極まりない恐怖の支配システム。
「9歳から10歳の少女が一番高く売れる」と手紙に書き残し、自らの部下に「ご褒美」として与えていた、総督としての狂気。
そして、あまりの非道さと無能さに、スポンサーであるスペイン王室すらもドン引きし、最後は彼を「鎖に繋いで」本国へ罪人として強制送還したという無様な結末。
「偉人」というメッキを剥がした下から現れる、強盗と虐殺の歴史を完全解説します。

海からアジアを目指したコロンブス…しかし偶然ついたのはアメリカ大陸だった(1492年)

デタラメな根拠で国王から資金を得て海へ

時計の針を、1492年に戻しましょう。
当時のヨーロッパは、ある深刻な悩みを抱えていました。
それは「アジア(インドや中国、日本)」へのルートが絶たれてしまったことです。
アジアには、肉を保存するための「香辛料(胡椒など)」や、マルコ・ポーロの『東方見聞録』に描かれたような「黄金」が山のようにあると信じられていました。

しかし、強力なイスラーム帝国(オスマン帝国など)が中東を支配したため、陸路でのアジア貿易がメチャクチャ難しく、かつ高コストになってしまったのです。

そんな中、イタリアのジェノヴァ出身の野心家、クリストファー・コロンブスは、スペインのイサベル女王とフェルナンド国王に、とんでもないプレゼンをします。
「皆さん、西に向かって大西洋をまっすぐ進めば、アフリカを回るよりもずっと早く、確実にアジア(黄金の国)に着きます!私に投資してください!

ここで、当時の優秀な学者たちは大反対しました。
「お前はバカか。地球の円周の長さを考えろ。西回りでアジアに行くには海が広すぎる。当時の船のスピードでは、途中で水と食料が尽きて絶対に全員死ぬぞ

学者たちの計算は「大正解」でした。
しかしコロンブスは、アラビアの天文学者の距離の単位を自分に都合よく(短く)解釈し、さらに「アジアは東にすごく広い」という記述を信じ込み、地球の大きさを実際より「25%も小さく」、かつアジアを実際より「はるかに巨大に」見積もっていたのです。

「いやいや、学者たちは分かってない。せいぜい数週間で着きますよ!」
スペイン王室は、長年続いたイスラーム教徒との戦い(レコンキスタ)が終わった直後で、国庫が空っぽでした。
「もし本当に黄金の国に着くなら、一発逆転のギャンブルに乗ってみるか」と、彼にパトロンとして資金を出したのです。

こうして、サンタ・マリア号など3隻の船で出発しました。
しかし、案の定、海を進めども、陸地は見えません。
船員たちは「このままでは餓死する!やっぱりあいつの計算は間違っていたんだ!」と恐怖し、今にも反乱(クーデター)を起こしてコロンブスを殺し、スペインに引き返そうとしていました。
コロンブスは船員を騙すために、進んだ距離を少なく誤魔化した「裏帳簿」をつけていたほどです。

反乱がおきるギリギリのタイミング、1492年10月12日。
彼らの目の前に、奇跡的に陸地が現れました。
現在のバハマ諸島にある「サン・サルバドル島」です。
彼のデタラメな計算の先に、たまたま、ヨーロッパ人が誰も知らなかった「巨大な大陸(アメリカ)」が横たわっていた
ただそれだけの偶然でした。

カリブ海の島に平和に暮らしていた先住民「タノイ族」

先住民は「天から来た使者だ」と大歓迎…しかし、コロンブスの冷酷な思惑が

彼が上陸したカリブ海の島々には、「タイノ族」と呼ばれる先住民の人々が平和に暮らしていました。
彼らは農業を営み、争いを知らず、武器を持っていませんでした

ボロボロになって漂着したコロンブスたちを、タイノ族は「天から来た使者」だと思い、大歓迎しました。
水や食料、オウム、そして彼らが身に着けていた「わずかな金の装飾品」を、気前よくプレゼントしてくれたのです。

この優しく無垢な原住民を見て、コロンブスは感動したでしょうか?
いえ、彼の頭に浮かんだのは、きわめて冷酷な「計算」でした。
彼は航海日誌に、スポンサーであるスペイン王への報告としてこう書き残しています。
彼らは武器を持たず、非常に従順だ。50人の兵がいれば、彼ら全員を奴隷にして、思いのままに支配できるだろう
命を救ってくれた恩人に対する、完全な「強盗の目」です。

そして彼は、自分が着いた場所が「インド(アジア)」だと死ぬまで頑なに信じ続けたため、彼らのことを「インディアン(インド人)」と呼びました

先住民からすれば、いきなり迷子になって他人の家に土足で上がり込んできた挙句、全く違う国の名前で呼び続けられ、さらに「今日からここはスペインの領土だ」と勝手に旗を立てられたわけです。
これが、数百万人の命を奪う、地獄の第一幕の始まりでした。

2回目の航海…先住民に強制労働、虐殺、奴隷として本国へ

大ホラを吹き17隻、1500人で向かった2回目の航海

最初の航海からスペインに戻ったコロンブスは、王室に対して「大ホラ」を吹きました。
アジアに辿り着きました!そこには黄金が川のように流れ、香辛料が山のようにああります!先住民は奴隷として使い放題です!

少量の金と、数人の先住民を見せびらかし、大袈裟に宣伝したのです。
これに興奮したスペイン王室は、2回目の航海には、なんと17席の巨大な船団と、1500人もの武装した男たち(ならず者や一獲千金を狙う兵士たち)を与えました

先住民を強制労働・残酷なノルマ…達成できなければ両手首をナタで切り落とす

しかし、ここでコロンブスは致命的な現実に直面します。
金(ゴールド)がない」のです。
彼が上陸したカリブ海の島々(ヒスパニョーラ島など)には、彼が豪語したような「黄金の山」など存在しませんでした。
タイノ族が持っていた金は、川で砂金を少しずつ集めた、ほんのわずかなものに過ぎなかったのです。

しかし、コロンブスは「スポンサー(王室と投資家)」から莫大な借金をして船を出しています。
「手ぶらで帰る(利益を出せない)」ことは絶対に許されません。
手ぶらで帰れば、彼は破滅し、詐欺師として処刑されるかもしれません。

追い詰められたコロンブスは、極めて残酷で理不尽な「黄金のノルマ(徴税システム)」を課しました。
彼は、14歳以上のすべての先住民に対し、「3か月に1回、小さな真鍮の器にいっぱいの砂金を納めること」を義務付けました。
金などほとんど採れない島で、これは物理的に「不可能なノルマ」です。
ノルマを達成した者には、首から「銅の札」を下げさせました
それが「次の3か月間、生きていてもいい」という証明書です。

では、札を持っていない者、つまりノルマを達成できなかった先住民はどうなったか?
コロンブスは部下に命じて、恐るべき刑罰を下しました。
彼らの「両手首」をナタで切り落とし、その切り落とした自分の手を首から紐でぶら下げさせ、出血多量で死ぬまで、悲鳴を上げさせながら村中を歩き回らせたのです。
「金を持ってこないと、こうなるぞ」という、絶対的な恐怖による見せしめです。

美しいカリブ海の島は、一瞬にして恐怖と血の海に沈みました。
タイノ族の人々は、川で朝から晩まで砂金を洗いましたが、絶対にノルマには届きません。
かといって逃げ出そうにも、スペイン人は獰猛な「巨大な猟犬」を連れてきており、逃げた先住民は生きたまま犬に食い殺されました

死だけが唯一支配から逃れる方法…家族で集団自殺、母は愛する我が子を殺した

絶望のどん底に落とされたタイノ族の人々は、どうしたか。
彼らは、「スペイン人の奴隷として残虐の扱いを受けるくらいなら」と、恐ろしい決断を下しました。
彼らは猛毒のキャッサバ(イモの一種)」を食べて、家族全員で集団自殺を始めたのです。
母親は、自分の愛する子供が奴隷にされるのを防ぐために、自らの手で我が子を殺しました
「死」だけが、唯一コロンブスの支配から逃れる方法だったのです。

コロンブスが上陸した1492年当時、ヒスパニョーラ島(原罪のハイチとドミニカ共和国)には、数十万人、一説には300万人以上のタイノ族が平和に暮らしていたと言われています。
しかし、コロンブスの統治から数十年の間に、強制労働、虐殺、そしてヨーロッパ人が持ち込んだ「疫病(天然痘など)」によって、タイノ族の人口は急激かつ壊滅的に減します。

一人の男の「投資家への言い訳(資金への執着)」が、一つの民族を地球上から「消し去って」しまったのです。

奴隷として売るため先住民をスペインへ送り…半分以上は途中で死んで海に捨てられた


「黄金が見つからない」
投資家への言い訳に困ったコロンブスは、更に最悪の「ビジネスモデル」に切り替えます。
金がないなら、「先住民の肉体を『商品』として売ればいい」
彼は、大量の先住民を船の狭い船倉に詰め込み、奴隷としてスペイン本国へ送り始めました
船に詰め込まれた先住民の半分以上は、劣悪な環境のため航海中に死んで、海に捨てられたのです。

幼い少女を性の奴隷に

さらに、彼がヒスパニョーラ島の総督として振る舞っていた時期の、眼を背けたくなるような事実があります。

コロンブス自身が友人に宛てた手紙の中に、こんな一節が残されています。
女性の奴隷が、まるで農園のように安く買える。全ての年齢の女性に値段が付いているが、特に9歳から10歳の少女が一番需要があり、高く売れる

信じられますか?
彼は、部下の船員たちへの「ご褒美(給料代わり)」として、まだ10歳にも満たない先住民の幼い少女たちを性の奴隷として買い与えていたのです。
これが「偉大な冒険家」のやることでしょうか?
完全な、小児性愛の児童買春ブローカーです。

先住民を「人間」と思っていなかったスペイン人

さらに、彼の部下であるスペイン人たちは、先住民を「人間」だとは微塵も思っていませんでした
当時の記録(スペイン人の神父ラス・カサスによる告発)には、信じがたい悪魔のような所業が詳細に記録されています。
スペイン人たちは、先住民の赤ん坊を母親の腕から奪い取り、岩に頭を叩きつけて殺した
自分たちの猟犬のエサとして与えるため、先住民の肉を切り刻んでいた

まさに地獄絵図です。
コロンブスは、自ら直接手を下さなかったとしても、この狂気の略奪と虐殺のシステムを、自らが「総督」として先頭に立って作り上げ、容認し、利益を得ていた最大の責任者なのです。

コロンブスの部下に対する残虐な独裁が発覚し、強制送還へ(1500年)

自分に従わなければ、舌を切り落とす、首を吊る

しかし、この極限の暴虐と腐敗は、ついに身内のスペイン人たちからも反発を買うことになります。
コロンブスは先住民だけでなく、自分に従わないスペイン人の部下に対しても、少しでも反抗すれば舌を切り落としたり、首を吊ったりといった残虐な独裁を行っていました。
「あいつは狂っている。総督の器じゃない!」
入植者たちからスペイン王室へ、コロンブスの非道を告発する大量のクレーム(告発状)が届きました。

調査官が見た絞首台にぶら下がるスペイン人の死体

1500年、事態を重く見たスペイン王室は、調査官をヒスパニョーラ島に派遣します。
調査官が島に到着して見たものは、絞首台にぶら下がる何人ものスペイン人の死体でした。
調査の結果、コロンブスのあまりの非道な統治、横領、そして無能さが完全に証明されました。
「新大陸の発見者」であり「提督」であるはずのコロンブスは、手錠と足枷(重い鉄の鎖)をかけられ、罪人としてスペインへ強制送還されることになります。
彼が夢見た栄光の頂点は、鎖に繋がれた無様な姿で終わりを告げました。
その後、彼は王室に泣きついてなんとか釈放され、最後の航海に出ることは許されましたが、かつての権力は二度と戻って来ませんでした。

晩年の彼は莫大な富こそ得ていましたが、「自分は不当な扱いを受けている」「私こそがアジアへの道を開いたのだ」と被害妄想と恨み言を言い続けました。
そして最も滑稽なことに、自分が到達したのが「未知の巨大な大陸(アメリカ)」であることに気付かないまま、1506年に孤独のうちにこの世を去りました。

自分の計算ミスを認めず、先住民を虐殺し、最後は見方からも見捨てられた男。
それが、クリストファー・コロンブスという人間の、本当の結末です。

「勝者」によって美しく書き換えられる歴史

「侵略」が「発見」とされる西洋中心主義的な歴史観

いかがだったでしょうか。コロンブスの闇。
「新大陸を発見した英雄」という称号の裏には、切り落とされた無数の手首と、奴隷として売られた少女たちの絶叫、そして一つの民族が丸ごとこの世から消し去られたという、血塗られた事実が隠されています。

近年、アメリカをはじめとする世界中で「コロンブス・デー(彼をたたえる祝日)」を廃止し、彼の銅像を引き倒す運動が広がっています。
「歴史的な偉人の功績を消すなんてけしからん!」と怒る人もいますが、皆さんは今日の話を聞いてどう思いましたか?

そもそも「発見(Discovery)」という言葉自体が、極めて傲慢で、西洋中心主義的な言葉です。
そこにはすでに何百万人者人々が、何千年も前から独自の文化を持って生きていたのです。

想像してみてください。
見知らぬ強盗があなたの家に突然土足で入って来て、「よし、俺がこの家を発見したぞ!」と宣言し、あなたを殺して家を奪ったとしたら、それは「偉大な発見」でしょうか?
ただの「強盗殺人」ですよね。

歴史は、常に「勝者(生き残った略奪者)」によって美しく書き換えられます
私たちが無邪気に「偉人」として讃えている人物の足元には、誰の血が染み込んでいるのか。
その「言葉の裏側」を疑うことこそが、本当の教養です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました