【メイの宇宙啓示】東日本大震災は人工的に起こされた!?…あの日に失われた、日本が自分で立つ道…(2026年10月配信)

2011年の東日本大震災。
あの地震は自然に起きたものではなく、人為的に起こされたのだとしたら…?

東日本大震災が起こる少し前。
日本は自分たちでアメリカを通さずウランを手に入れ、原発を建てるだけではなく、世界に売る国にまでなろうとしていました。
エネルギーの面でだれにも頼らず立っていける道を作ろうとしていました。

それが、2011年3月11日に変わりました。
田中角栄さんから少しずつ日本が自分で決められる道を作ろうとしてきた。
その道が閉ざされました。

あの地震と原発の事故は、「日本の事を日本が決めるのではなく、もう一度アメリカが決める国に戻すためのものだった」のではないか?
決して陰謀論とは思えない、私たちが知らないあの日の前後に起きた出来事とは…

  1. 今日開かれる扉…3.11で大きく変わった日本の行く末
  2. 【震災前】福島県知事のおかしな逮捕劇
    1. 原子力の進め方に物言う知事に…国が進めていた「プルサーマル」の計画を白紙に戻した(2002年)
    2. 弟の逮捕→辞任→賄賂の疑いで自らの逮捕→裁判で賄賂の額はゼロとされたが、有罪に…(2006年)
    3. 次の知事はプルサーマルを受け入れ、本格的な運転が開始(2010年)
  3. 【震災前】福島第一原発を監視するため設置されたイスラエル企業のカメラ(2010)
  4. 【震災前】原子力の施設をウイルスで壊す技術を持っていたイスラエルとアメリカ(2010年)
  5. 【震災直前】プルトニウムの燃料を入れた5か月後に起きた地震
    1. 地震の3日後に爆発したプルトニウムを入れた3号機
  6. 【震災前】地震を起こして壊したかったもの…「日本が持っていた力を奪う」
    1. 原発を世界に売る国になりかけていた日本…アメリカの原発の名門の会社を買った東芝(2006年)
    2. 2011年に閉ざされた道…自分で燃料を手に入れ、燃え残りから燃料を作り、原発を作り世界に売っていく道
    3. 【震災後】3.11を境に持っていた燃料と技術を手放していった日本
  7. 【震災後】アメリカのトモダチ作戦
    1. 毎日テレビで流されるアメリカ軍の助ける様子
    2. アメリカ軍への見方を変えた3.11…アメリカに親しみを感じる日本人の増加
    3. 福島の原発の真上を飛んだアメリカの偵察機…日本人の知らない情報を掴んでいた!?アメリカ
  8. 地震が来たのは民主党経験の時だった理由は?
    1. 日本の原発を建てて、日本中に広めたのは自民党政権
    2. 【震災後】決められた仕事を片付けていった民主党政権の2人…止まった原発の穴を埋めたのは海外の力(2011年)
    3. TPPへの加盟と消費税10%を口にしたのは民主党政権(2010年)
    4. 【震災後】消費税10%案をまとめた民主党政権(2012年)
    5. 【震災後】原発ゼロの方針はアメリカにより見送りに
    6. 【震災後】自民党に傷をつけず、事故の責任と後始末は民主党に被せた
  9. 【震災後】日本が自分で立つ道が塞がれ、日本を動かす決定権は再びアメリカへ…
    1. 2025年12兆円の原発を建てることを発表したアメリカ…日本がアメリカに投資する80兆円の約束の中に入っている
  10. 震災の町で互いに助け合った日本人

今日開かれる扉…3.11で大きく変わった日本の行く末

今日は15年経った今もテレビが一度も口にしたことのない3.11のもう一つの顔のお話です。

2011年の3月11日。
東日本大震災のことは、皆さんもきっとどこで何をしていたかまで覚えていらっしゃいますよね。
テレビは何日も何日も津波の映像と福島の原発から白い煙が上がる映像を流していました。
それと一緒に毎日流れていたのが助けに来てくれたアメリカ軍の「トモダチ作戦」だったんですよ。
あれから15年経って、日本人の多くはあの日を大きな自然災害として胸の奥にしまっていると思うんです。

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でもね。あの日の福島の原発を震災の前の何年かに遡ってみると、話が全然違って見えるんです。

福島第一原発の3号機っていうのは、あの時に爆発した原子炉の1つなんですけど。
この3号機は震災のほんの5か月前にプルトニウムを混ぜた特別な燃料で動き始めたばっかりだったんですよね。

その燃料を入れることに福島県で一番強く反対していたのが、当時の福島県知事だった佐藤栄佐久さんという人でした。
その佐藤さんは震災の4年半前(2006年10月)に賄賂を受け取った疑いで東京地検特捜部に逮捕されているんです。
しかも裁判ではその賄賂の額は「ゼロ」だと認められたのに、それでも有罪になっているんですよね。
反対していた知事がいなくなって、その燃料がやっと原子炉に入って、それからたった5ヶ月であの地震が来たんです。

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ここで1つお断りしておきたいんですけど、あの地震と原発の事故はテレビや新聞では自然の大きな地震が起こしたものとして伝えられています。
これからお話することは、あくまで私個人の考えで、何かを決めつけるつもりはないので、ちょっと変わった人がこんな事を言ってるのねくらいの気持ちで聞いていただけたら嬉しいです。

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その上でなんですけど、私がこの話を調べ始めたのは、1つの疑問からだったんです。
もし、あの地震と原発の事故を誰かが仕掛けたんだとしたら、その人達は一体何がしたくてあんなことをしたんだろうって思ったんですよね。
人の手で起こされたんじゃないかっていう話は、これまでも色んなところで言われてきたんですけど。
じゃあ、何のためにっていうことろまで答えてくれる話には、私はなかなか出会えてなかったんですよ。
だから今回は、テレビや新聞ではまず出てこない、このチャンネルならではの見方でそこに切り込んでみたいと思ったんです。

今日は3.11の後に、日本で何が決まったのかを1つずつ並べながら、あの日が一体何のために起こされたのかに、深いところまで踏み込んでいきたいと思ってます。

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今日掘り下げたいことは3つあるんですよね。
1つは福島の佐藤知事が特捜部に逮捕された本当の理由と佐藤さんがいなくなった後に福島の原発で始まったことです。
2つ目は震災の5年前にアメリカの原発の名門の会社を丸ごと買い取った日本の会社があったんですけど、その会社が3.11のあとにどうなっていったのかです。
3つ目は去年アメリカである原発の計画が発表されたんですけど、その計画の中で日本の会社に回ってきた思いもよらない役目のお話です。

この3つが1本の線で繋がると、あの日テレビで見ていた映像が全く違うものに見えてくると思います。

【震災前】福島県知事のおかしな逮捕劇

原子力の進め方に物言う知事に…国が進めていた「プルサーマル」の計画を白紙に戻した(2002年)

佐藤栄佐久さんは1988年から18年間福島県の知事を務めた人です。
もともとは自民党の参議院議員で、原発に最初から反対していたわけじゃなかったんですよね。
1998年には国と東京電力が進めていた「プルサーマル」っていう計画を一度は受け入れているんです。
プルサーマルというのは、使い終わった核燃料からプルトニウムを取り出してウランと混ぜて、もう一度原発で燃やすやり方のことで、その混ぜた燃料はMOX燃料と呼ばれています。

佐藤さんが受け入れた次の年の1999年(平成11年)には、ヨーロッパで作られたMOX燃料が、船で第一原発まで運び込まれていました。

ところが2002年8月29日に福島の原発を持っている東京電力が、原発のひび割れなどの点検の記録を何年にもわたって誤魔化していたことが分かったんです。
佐藤さんはこんな会社にプルトニウムの燃料なんて、任せられないと怒って、プルサーマルの受け入れを白紙に戻しました。

そこから佐藤さんは国の原子力の進め方そのものに正面から物を言う知事になっていったんですよね。
福島の原発は首都圏に電気を送っている東京電力の一番大事な原発ですよね。
その原発の上に言うことを聞かない知事が座ってしまったわけです。

弟の逮捕→辞任→賄賂の疑いで自らの逮捕→裁判で賄賂の額はゼロとされたが、有罪に…(2006年)

2006年の9月、佐藤さんの弟さんが逮捕されて、佐藤さんはその責任を取る形で知事を辞めました。
そして、その翌月の10月に今度は佐藤さん本人が東京地検特捜部に逮捕されたんです。
疑いは佐藤さんの弟さんの会社の土地を県のダム工事に関わった建設会社が相場より高く買い取っていて、その高く買い取った分が知事への賄賂だったっていうものでした。

ところが、2009年に東京高等裁判所はその土地は相場通りの値段で売られていて、賄賂の額は「ゼロ」だと認めたんですよ。
それでも(高等)裁判所は、土地をすぐにお金に換えたこと自体が知事の得になったとして、佐藤さんを有罪にしました。
2012年に最高裁判所がそれを認めて、有罪が確定しています。

佐藤さんは後で出した本(『知事抹殺』)の中で、取り調べをしていた検事さんから「知事は日本にとってよろしくない。いずれ抹殺する」と言われたと書いているんです。
その本の題名は『知事抹殺』です。

前にお話した元総理大臣の田中角栄さんは、ロッキード事件で逮捕されて。
民主党の代表だった小沢一郎さんは秘書を逮捕されて総理大臣になる一歩手前で外されているんですけど。
2人ともアメリカの頭越しに動いたところで、特捜部に事件を作られているんですよね。
佐藤さんも全く同じ形なんです。
アメリカやアメリカの政府を動かしている人たちの都合に逆らった人のところには、特捜部が来るんですよね。

次の知事はプルサーマルを受け入れ、本格的な運転が開始(2010年)

佐藤栄佐久さんがいなくなった後、福島県の知事になったのは、佐藤雄平さんという人でした。
その佐藤雄平知事が2010年の8月に福島第一原発の3号機のプルサーマルを受け入れたんです。
1999年に運び込まれてから、11年間ずっと原発のプールの中で眠っていたMOX燃料が、やっと3号機に入れられて、10月には本格的な運転が始まりました。
(2010年10月26日に東京電力が「福島第一原発の3号機でプルサーマルを本格的に開始」と発表)

【震災前】福島第一原発を監視するため設置されたイスラエル企業のカメラ(2010)

実はこの同じ2010年に、福島の原発ではもう1つの事が動いていたんですよね。
2010年の4月28日に、イスラエルの新聞ハアレツが、『イスラエルの小さな会社が日本から原発の原子炉を守るための監視の仕組みの注文を初めて受けた』と伝えているんです。
その会社の名前は、マグナBSPといって、イスラエルのディモナっていう町にある新しい会社を育てる施設から出てきた会社でした。
ディモナっていうのは、イスラエルが核兵器を作ってきたと言われている、原子力の研究所があるその町なんですよね。
そして、マグナBSPは震災の前に福島第一原発の原子炉の1つの周りに、物を立体的に映すカメラと熱を見分けるカメラを取り付けていたんです。

震災の後、(2011年3月15日の)イスラエルの別の新聞のエルサレム・ポストにマグナBSPの社長ハイム・シボニさんが出てきて「うちのカメラは今も原子炉を映していて、遠くからその映像を見られる仕組みもある。ただ日本からまだ見る許可が出ていない」と話しています。
しかもシボニさんは、「同じ福島第一原発のもう1つ別の原子炉の監視も頼まれている」とまで言ってるんですよ。
そのカメラの映像やもう1つの原子炉の監視がその後どうなったのかは、今も表には出てきていないんです。
その記事が出たのは2011年の3月14日。地震の3日後でした。
日本の原発の一番奥を見張る仕事をイスラエルの核兵器の町から来た会社が請け負っていて。
地震が来た後もその会社のカメラは原子炉に向いたままだったんですよね。

【震災前】原子力の施設をウイルスで壊す技術を持っていたイスラエルとアメリカ(2010年)

それからもう1つ。
同じ2010年の夏に、イランの核の施設で遠心分離機っていう、ウランを濃くする機械を中から狂わせて壊すコンピュータウイルスがベラルーシのセキュリティ会社に見つかっています。
スタックスネットと呼ばれるウイルスで、後にアメリカの新聞のニューヨーク・タイムズがアメリカとイスラエルが一緒に作ったものだと報じました。
原子力の施設を爆弾も落とさずに、外から壊す技術をイスラエルとアメリカは福島の地震の前にもう持っていたんですよね。

【震災直前】プルトニウムの燃料を入れた5か月後に起きた地震

地震の3日後に爆発したプルトニウムを入れた3号機

そして2011年の3月11日。
3号機の本格的な運転が始まってから5か月後に、あの地震が起きたんです。
その3日後の3月14日午前11時1分。
さっきのエルサレム・ポストの記事が出たのと同じ日にプルトニウムの燃料を入れたばかりの3号機が爆発して、建物の屋根と壁が吹き飛びました。

ここで私の考えをお話しておきますね。
私はあの地震は自然に起きたものじゃなくて、人の手で起こされたものなんじゃないかなと思っています。
それが本当かどうかを今日ここで1つずつ確かめることはしません。
今日知りたいのはその先で、だれが何のためにあの日を選んだのかっていうところなんですよね。
邪魔な知事を先に片付けて、プルトニウムの燃料が入ったのを見届けてから地震が来たんですよね。

【震災前】地震を起こして壊したかったもの…「日本が持っていた力を奪う」

じゃあ、そこまで手間をかけてアメリカやアメリカの政府を動かしている人たちは、何がしたかったのか。
ここからは、その狙いを1つずつ確かめていきたいと思います。

まずは日本がその頃どんな力を手に持っていたのかからです。

原発を世界に売る国になりかけていた日本…アメリカの原発の名門の会社を買った東芝(2006年)

2006年の2月に、日本の東芝がアメリカのウェスチングハウスっていう会社を買うって発表したんですけど。
このウェスチングハウスは世界の原発の型を一番たくさん作ってきたアメリカの原発の名門なんですよね。
その頃、ウェスチングハウスを持っていたのはイギリスの国の原子力の会社で、東芝は6000億円を超えるお金を出して、そこから丸ごと買い取ったんです。

しかも2010年の10月には、民主党の総理大臣だった菅直人さんがベトナムに行って、日本の原発を2基建てる約束を取り付けてきています。
日本は原発を自分の国に建てるだけじゃなくて、世界に売る国になりかけていたんですね。

2011年に閉ざされた道…自分で燃料を手に入れ、燃え残りから燃料を作り、原発を作り世界に売っていく道

でも日本が持っていたのは、原発を建てる技術だけじゃなかったんですよね。
1988年に日本はアメリカと日米原子力協定っていう約束を結んでいて、使い終わった核燃料からプルトニウムを取り出すことをアメリカからまとめて認めてもらっていたんです。
核兵器を持っていない国でこれを認められていたのは、世界で日本だけなんですよね。
さっきお話した福島のプルサーマルも、この取り出したプルトニウムをもう一度燃料として使うためのものだったんです。
そうやって日本が持つようになったプルトニウムは、震災の前(2010年の終わり)には40トンを超えていたんです(約45トン)。
長崎に落とされた原爆に使われたプルトニウムが6キロほどだったと言われていますから、単純に割り算をすると、原爆の何千発分にもなる量なんですよね。

ここで前にお話した元総理大臣の田中角栄さんを思い出してほしいんですけど。
田中角栄さんはアメリカを通さずに、フランスやオーストラリアに自分で原発の燃料のウランを買いに行った総理大臣だったんですよ。
日本が燃料を自分で手に入れて、燃え残りからまた燃料を作って、原発も自分で作って世界に売っていく。
これはエネルギーの面で、日本が誰にも頭を下げずに立っていける道だったんです。
それにプルトニウムとそれを取り出す技術を持っているっていうことは、日本がその気になれば自分の身を自分で守れる国にいつでもなれるっていうことでもあるんですよね。
その原発を世界に売る道も、プルトニウムを自分の燃料にする道も、3.11で止まってしまったんですよ。

日本中の原発は2012年の5月までに1つ残らず止まって、2015年から少しずつまた動き出していたんですけども。
動いている原発は今も震災の前の半分にも届いていないんです。
日本人にとって、原発とプルトニウムは一番怖いものになってしまいましたよね。

【震災後】3.11を境に持っていた燃料と技術を手放していった日本

ベトナムは2016年に日本の原発を建てる計画を取りやめています。
ウェスチングハウスはアメリカで建てていた原発の工事が福島の事故の後に厳しくなった安全の決まりもあって、大きく遅れて2017年の3月29日に経営が破綻してしまいました。
東芝の子会社になっていたウェスチングハウスの損を親の東芝が被ることになって、東芝はその穴を埋めるために、一番稼いでいた半導体の会社を手放したんですけど、それが今のキオクシアなんですよね。

それから2016年には、日本が茨城県の東海村に持っていたプルトニウムのうち、300キロを超える分が船でアメリカに運ばれているんですけど。
これは2014年に総理大臣だった安倍晋三さんがアメリカのオバマ大統領と約束したものだったんです。
日本は自分で持っていた燃料と技術を3.11を境に1つずつ手放していったんですよね。
しかも、それを私たち日本人自身が、怖いんだから当たり前だと思って受け入れたんです。

私はここに1つの狙いがあったと思っています。
日本が原子力っていう自分の足で立てるだけの力を持ちかけていたから、それを日本人自身の手で手放させたかったんだと思うんです。

【震災後】アメリカのトモダチ作戦

毎日テレビで流されるアメリカ軍の助ける様子

次はあの日テレビで毎日流れていたアメリカ軍のトモダチ作戦のことを見ていきたいと思います。

2011年の3月16日。
宮城県の仙台空港って、津波で泥と車に埋まってしまったんですけども。
そこにアメリカ空軍の大きな輸送機が降りてきたんですよ。
テレビでも迷彩服のアメリカ兵さんたちが瓦礫を運んでいる姿とか、避難所で子供たちと手を振り合っている姿とか、毎日のように流れていたんですよね。
あれがトモダチ作戦なんです。

アメリカ軍は兵士を2万4千人ほど、船を24隻、飛行機を190機ほども出してくれていて。
アメリカ海軍の空母ロナルド・レーガンっていう大きな船なんて、地震のたった2日後にはもう宮城県の沖に着いていたんですよね。

アメリカ軍への見方を変えた3.11…アメリカに親しみを感じる日本人の増加

ここでね。地震の2年ほど前のことをちょっと思い出してほしいんです。
2009年の夏に、民主党の鳩山由紀夫さんが、沖縄にあるアメリカ軍の普天間基地を「最低でも県外に移す」って言って選挙に勝って、総理大臣になったんです。
ところが移す先は見つからなくて。
結局、自民党の時に、アメリカと決めていた「沖縄の名護市の辺野古に移す」っていう元の案に戻ってしまって、鳩山さんは8カ月あまりで総理大臣を辞めてしまったんです。
鳩山さんはアメリカから少し距離を取って、日本と中国と韓国で東アジアを1つにまとめようっていう「東アジア共同体」を掲げていたんですよね。

あの頃って、私たち日本人の中にもアメリカ軍って、本当に日本にたくさん要るのかしらっていう空気が少しずつ広がっていたんですよ。
それが3.11で一気にひっくり返ってしまったんです。

震災の年の2011年10月に内閣府が調べたら、アメリカに親しみを感じるっていう日本人が82%もいて、調べ初めてから一番高い数字だったんですよね。

鳩山さんが揺らしたアメリカとの関係が、本人が辞めてからたった1年余りで、戦後で一番いい形に戻っちゃったわけなんです。

福島の原発の真上を飛んだアメリカの偵察機…日本人の知らない情報を掴んでいた!?アメリカ

でもね。トモダチ作戦の間にアメリカがしていたのは、助ける事だけじゃなかったんですよね。
地震の何日か後から、アメリカ軍のグローバルホークっていう人が乗っていない偵察機が、壊れた福島の原発の真上を飛んで、ずっと写真を撮っていたんです。
その写真はまずアメリカの政府に届いていて。
私たち日本の国民がそれを見ることはなかった
んですよね。

それで3月16日にアメリカの政府は、日本にいるアメリカ人に「福島の原発から80キロより内側から離れてください」って呼びかけているんですけど。
その時に日本の政府が住民に逃げるように言っていたのは、原発から20キロまでだったんですよ。
アメリカは私たちが知らされていない何かを自分たちの目で見て知っていたっていうことなんです。

それから(2011年)3月22日には、首相官邸で日本の政府とアメリカの政府の担当者が毎日集まって、原発の事故にどう手を打つかを決める会議が始まっていて。
その席にはアメリカ軍やアメリカの原子力規制委員会の人たちまで座っていたんです。
日本の原発の一番大事な決め事を、日本の政府の真ん中で、アメリカの人達が一緒に決めるようになったんですよね。
助けに来てくれたアメリカ軍に、もう誰も「出て行け」なんて言えなくなりましたし。
民主党の中にあったアメリカから距離を取ろうとする流れも、ここですっかり消えてしまったんです。
3.11のあと、民主党の総理大臣が東アジア共同体を口にすることは、もうなかったんですよね。

私はここに、2つ目の狙いがあったと思っています。
日本人に「アメリカ軍がいてくれてよかった」って心の底から思わせておいて、その同じ時に日本の原発の決め事の席にアメリカが堂々と座れるようにしたんだと思うんです。

つぎは、それがどうして民主党の時でなければならなかったのかを私は見ていきたいと思います。

地震が来たのは民主党経験の時だった理由は?

日本の原発を建てて、日本中に広めたのは自民党政権

ここまでくると、もう一つどうしても気になることが出てくるんです。
あの地震はどうして民主党が政権を取ってる時に来たんだろうっていうことなんですよね。

日本の原発を建ててきたのは、ずっと自民党なんです。
1954年に日本で初めて原子力のための予算を国会に出したのは、後に自民党の総理大臣にある中曽根康弘さんたちで。
その金額は約2億3500万円。
原発の燃料のウラン235にちなんだ数字だったと言われているんですよ。

そのあと、読売新聞の社主だった正力松太郎さんが「原子力は平和に使えるんだ」って日本中に広めて、日本の原子力委員会の最初の委員長になっているんですけど。
その正力さんには、アメリカのCIAが「PODAM(ポダム)」という暗号名を付けていたことがアメリカの公文書から分かっているんです。

日本の原発は最初からアメリカと自民党が二人三脚で建ててきたもので、「原発は絶対に安全です」っていう話を50年以上作ってきたのも自民党なんですよね。

ところが、その原発が爆発した時に総理大臣の椅子に座っていたのは、民主党の菅直人さんだったんです。(菅直人氏は震災の時の総理大臣・民主党)
テレビが毎日責めていたのは、菅さんがヘリコプターで原発に乗り込んだとか、対応が遅いとか、菅さんの動き方の方で。
50年かけて原発を建ててきた人たちのことは、ほとんど話に出てこなかったんですよね。
もし自民党の時に事故が起きていたら、日本人の怒りは原発を建ててきた自民党とその後ろにいるアメリカへまっすぐ向かっていたと思うんです。
民主党の時だったから、その怒りは全部民主党の頼りなさの方へ流れていったんですよね。

【震災後】決められた仕事を片付けていった民主党政権の2人…止まった原発の穴を埋めたのは海外の力(2011年)

それに、事故の後に菅(直人)さんと野田(佳彦)さんがやったことを順に並べてみると、2人とも原発から離れようとした人というより、決められた仕事を1つずつ片付けていった人に見えてくるんです。

菅さんは2011年の5月6日に静岡県の浜岡原発を止めるように中部電力にお願いをして、浜岡原発は実際にそのまま止まりました。
そのあと菅さんがこだわったのが、太陽光や風で作った電気を国が決めた高い値段で電力会社に何年も買い取らせる法律なんです。
菅さんはこの法律が通ることを自分が辞める条件の1つにしていて、8月26日に成立すると、その日のうちに辞めると表明しているんですよね。
通したから辞めたというより、通すまでは総理大臣の椅子に座らせてもらえていたと私は見ています。
その買い取りのお金は、「再エネ賦課金」という名前で私たちの毎月の電気代に上乗せされていて、去年は普通の家で年に1万5千円ほどにもなっているんです。
しかも、日本に出回っている太陽光パネルは、9割以上が海外で作られたもので、その大半は中国製だと言われています。
熊本でも阿蘇の外輪山の草原にパネルが20万枚も並んでしまいました。
原発を止めて空いた穴を埋めたのは、日本の力ではなくて、中国製のパネルと海外から買うガスだったんですよね。

日本の手からエネルギーを取り上げる仕事の続きを菅さんはこの法律でやっているんです。

TPPへの加盟と消費税10%を口にしたのは民主党政権(2010年)


TPPも消費税も震災の後に急に出てきたはなしではありません。
菅さんは震災の前の年の2010年の6月に「消費税10%」を口にして、10月には国会で「TPPへの参加を考える」と言っているんですよ。
菅さんのあとに総理大臣になった野田佳彦さんはそれをそのまま引き継いで、2011年の11月に「TPPの話し合いに入る」と表明して、2012年の1月6日には「消費税を10%に上げる案」をまとめています。

電気代への上乗せもTPPも消費税も自民党がやれば政権が倒れてしまうような仕事なんです。
それを民主党の総理大臣が2人がかりで片付けていった
んですよね。
TPPっていうのは、太平洋の周りの国同士で関税をなくして、国ごとの決まり事も揃えていこうっていう約束なんですけど。
実はこれ、名前を変えながら今もずっと生きているんですよね。

日本は安倍(晋三)さんの政権の時に(TPPに)正式に加わって、2017年にアメリカのトランプ大統領が抜けた後も、残りの国で続けているんです。
アメリカとは去年の2025年に、トランプ大統領に関税を下げてもらう代わりの約束まで結んでいて、相手と名前を変えながら日本の決まり事を外に合わせていく流れはあの時から一度も止まっていないんですよね。

実はこのTPP。私にとっては、ものの見方がひっくり返った話なんです。
私が最初に日本の政治ってなんだかおかしいって気づいた頃は、日本は中国に乗っ取られるんだとか、韓国に乗っ取られるんだって、怒りがそっちばっかりに向いていたんですよね。
でもある時に、じゃあアメリカはどうなんだろうと思って、そういえばTPPがあったなって調べてみたら、あれ違うってなったんですよね。
こっちが親玉なんだなって、確信したんですよ。
中国や韓国に怒るように仕向けられている間に、日本の決まり事を本当に書き換えていたのは海の向こうのアメリカの方で、テレビで見せられている喧嘩は全部お芝居だったんだって、そこでハッキリわかったんです。
なのでこの話はまた今度、TPPだけでじっくり一本お話したいと思ってます。

【震災後】消費税10%案をまとめた民主党政権(2012年)

消費税の方も2019年に実際に10%になりました。
消費税の案をまとめた10日後の2012年の1月16日。
民主党の大会に出てきた野田(佳彦)さんは、右目に眼帯をしていて、本人は「暗闇で柱にぶつかった」と説明していたんですけど。
総理大臣が眼帯で人前に出てくるなんて、普通はないことなんですよね。
眼帯は1週間ほどで外れましたけど、本当は何があったのかは、それ以上何も語られていないんです。
都市伝説の世界では、大きな決断の前後に片目にあざを作って人前に出てくる政治家の事をブラックアイクラブなんて呼んだりするんですよね。
アメリカの政府を動かしている人たちの仲間に入った印だなんて言う人もいるくらいなんです。

【震災後】原発ゼロの方針はアメリカにより見送りに

そして、2012年の9月。
野田(佳彦)さんの政権が「2030年代に原発をゼロにする」っていう方針を出そうとした時には、アメリカの政府の人達から懸念が伝えられて。
結局、閣議で正式に決めることは見送られているんですよね。

原発を止めるのは民主党にやらせておいて、でも原発をなくすところまでは決めさせなかったんですよ。
その1か月前の8月には、アメリカで元国務副長官のアーミテージさんと元国防次官補のナイさんがまとめた「第3次アーミテージ・ナイ報告書」(2012年8月)っていう、日本にやってほしいことを並べた報告書が出ていて。
そこにはもう、日本は止まっている原発をまた動かすべきだって書いてあるんです。

そして2012年の12月に自民党が戻ってきて、安倍晋三さんの政権のもとで、2015年8月に鹿児島県の川内原発がまた動き出しました。
日本人はあとで安倍さんが何度も口にした「悪夢の民主党政権」っていう言葉の通り、民主党にすっかりこりごりしていましたから、自民党が原発を動かし直しても、もうそんなに怒らなかったんですよね。

【震災後】自民党に傷をつけず、事故の責任と後始末は民主党に被せた


原発を止めるのは国民が望んだことですから、嫌われる仕事じゃないんですよね。
嫌われたのは、その後の電気代への上乗せやTPPや消費税の方で。
それを全部民主党に片付けさせておいて、本当なら一番怒られるはずの原発を動かし直す仕事は、自民党が怒られずにやれるようにしたんですよね。
仕掛けた人たちは、50年原発を建ててきた自民党には傷を一つも付けないで、事故の責任と後始末は全部民主党に被せて、アメリカから離れようとしていた政権を事故の後始末でボロボロにして終わらせたんですよね。
だからあの地震は民主党の時でなければならなかったんだと私は思っています。

前に2009年の政権交代も民主党を勝たせる時期や誰を総理大臣にするかまで、仕掛けた人たちの手で先に決められていたっていうお話をしましたけど。
3.11はその仕掛けの一番大きな仕上げだったと思うんです。

【震災後】日本が自分で立つ道が塞がれ、日本を動かす決定権は再びアメリカへ…

2025年12兆円の原発を建てることを発表したアメリカ…日本がアメリカに投資する80兆円の約束の中に入っている

最初にお話した私の疑問。
あの原発の事故を仕掛けた人たちは何がしたかったんだろうっていう疑問の答えが、実は去年、はっきり目に見える形で出てきているんです。

2025年10月28日に、アメリカのトランプ政権があのウェスチングハウスと組んで、アメリカの中に日本円で12兆円ほどの原発を建てるって発表したんですよ。
アメリカではAIを動かすための電気がこれからいくらでも要るので、原発がまた必要になってきているんです。
そして、その原発を建てるお金を出すことになっているのが日本なんですよね。

そもそもこのウェスチングハウスは東芝の手を離れた後、破綻した次の年に、カナダの大きな投資会社が東芝が払ったよりも安い値段で買い取っていた会社なんです。
同じ2025年10月28日に、日本とアメリカはさっきお話したトランプ大統領に関税を下げてもらう代わりに日本がアメリカに80兆円ほど投資するっていう約束の中身を発表していて、その中にウェスチングハウスの原発をアメリカに建てる話がちゃんと入っているんですよね。
(同じ文書にある)約束で名前が挙がった日本の会社の中には東芝もいて、変圧器のような電気の部品を納める役になっているんです。

震災の前の日本はウェスチングハウスの持ち主で、原発を世界に売る国になりかけていて、原爆の何千発分ものプルトニウムを持っていて、アメリカ軍はもう要らないんじゃないかっていう政権まで作っていたんです。
それが今は、名門の会社は海外の投資会社の手に移って、日本はその原発に部品を納める役になって。
日本の原発の決め事の席にはアメリカが座っていて。
アメリカ軍は「いてくれてよかった」っていう存在
になっているんですよ。

日本は戦争に負けてから、ずっとアメリカに決められる国だったんですけど。
田中角栄さんの頃から少しずつ自分で決めようとしてきたんですよね。
あの地震と原発の事故は、日本の事を日本が決めるんじゃなくて、もう一度アメリカが決める国に戻すため、日本を動かす決定権をアメリカの手に移すためのものだったっていうのが私の答えです。

1つの地震で日本が自分の足で立とうとした道が、全部まとめて塞がれてしまったんです。

震災の町で互いに助け合った日本人

でもね、あの日の事を思い出すと、もう一つ忘れてはいけないことがあるんですよ。

あの日、日本中の人が知らない人のために炊き出しをして、電気を分け合って、遠くの町に毛布や水を送っていたんです。
テレビがアメリカ軍の映像を流している間も、瓦礫の中で人を助けていたのは、多くが近所の人や同じ町の人たちだったんですよね。
日本を動かす決定権がアメリカに移っても、誰かに言われなくても隣の人を助ける。
私たちのその心までは誰も取り上げることはできなかったんです。

あの事故を仕掛けた人たちが一番扱いにくいのは、この自分たちで助け合える日本人なんだと思います。
だから次にテレビが誰かを毎日責めたり、何かを毎日怖がらせたりし始めた時には、その怒りや怖さが本当に自分の中から出てきたものなのか、一度だけ確かめてみてほしいなと思うんです。

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